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オオカミから人間育てを学ぶ

(オオカミの訓練で)一番普通に見られる誤りは、訓練はエゴとなんらかの関係があるという考え方だ。飼い主が、訓練は自分の犬を順応へと強化する、意思の闘いの場だと考えるのだ。・・(中略)・・それでイヌが従おうとしないと飼い主は自分が侮辱されたと解釈する。自分の男らしさが傷つけられたと感じるのだ(このような見方をするのは普通は男性であるから)。その結果、当然の如く飼い主は意地悪くなるのである。

犬の訓練の最初のルールは訓練を自分の人格とは関係が無いと見なすことだ。訓練は意思の闘いではない。(中略)訓練で決め手となるのは、犬に他の選択の道はないのだということを理解させることである。

(マーク・ローランズ『哲学者とオオカミ』今泉みねこ訳、白水社)

これを用いて、泉谷閑示氏は、人間の「しつけ」を説明しています。
反教育論 猿の思考から超猿の思考へ (講談社現代新書)反教育論 猿の思考から超猿の思考へ (講談社現代新書)
(2013/02/15)
泉谷 閑示



人間というものは「自然」界の生み出した一つの動物であると同時に、社会と言う自然界とは異なる「人為的」原理のもとに生きる「社会的動物」である。つまり「心=身体」の属する次元と、「頭」の属する次元という二つの異なる次元がわれわれ人間の中に同居している。

この両者を区別できずに単一の次元で人間の本性を捉えようとすると性善説なのか性悪説なのかと言った不毛な議論も生じることになる。(中略)私はただ善/悪というサル的理性の二元論によって人間を見ないだけである。

(反教育論 泉谷閑示著)

道徳教育による「権威主義的良心」強化の有害も述べています。良心は権威主義ではなくヒューマニズム的良心が育まれるべきで、押さえつけられた禁止の中の良心はいずれ「悪」を生む。「禁止が欲望を生む」のはなぜか、に泉谷氏は、こう書いています。

それは「頭」による「心」への強制や支配は必ずや「心」の反発をまねくものだからだ。


そしてこれが体罰が起こる構造なのでしょうか。この後も道徳教育についての鋭い視点が書かれてあるのですが、気になる方は本をお読み下さい。紹介したくて全文写しになってしまいますから・・。

人間の他者依存(甘え)がしつけの歪みだと思っていたけれど、それは母的・女性的なものなのでしょうか。カウンセリングの先生にも「社会は男性的で、権威的だから、子供はいずれそれを学ばなければならなくなる、その時に父親という役割は子供にとって重要」という話をしてもらったばかり。

オオカミの世界は規律があり、尊厳があるという風に取れるのですが、人間はどうもいろいろとサル知恵の方に長けてしまったようで、自分に得になるようにずる賢さを使い、躾と称して自分の尊厳を重視するものだから、しっぺ返しを受ける。ということでしょうか。

なかなか・・・鋭い指摘だなぁ。

くまさんへ
コメントをありがとうございます。そうですか、アイスハイリゲのカタカナでくまさんを引っ掛けてしまいましたね 笑 またお越し下さい。
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Nana ナナ

Author:Nana ナナ
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