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はだしの〇〇私雑感2~難しいね~

(昨日の続き・・・)

今はドイツにいるから余計思うのかもしれないけれど、


はだしのゲンは、私の意見はまず、
小学校の図書館で、大人が一言声を書けるなどの配慮はあって然りの本だと思う。
そうすると誰もが手に取れる棚に置けない。
読みたい子が司書教諭に尋ねれば渡せる本 という扱いは難しいのでしょうか?


その理由は、描写の与える発達途中の子供への影響。選び読む権利があるなら、選びたくない人の権利もある 10歳以前の子供への配慮は大人の責任。

どの本も置く権利はあるわけだから、図書館に置く置かないの論点は「現実の残忍さを通して戦争を考える子に」なんて、そこではない。子供の心身の発達を考慮した時、視覚の与える影響が万人に適切かどうかを教育者が考えるのは当然だった。

「子供から残酷なことを取り除いてはいけない」というすり替わりのテーマももちろん興味深いし、それはそれで話し合う意義はあるけれど・・。
(安くて気軽なコーヒーショップを見つけることにトレンドを感じ、コーヒー栽培の劣悪な労働状態を想像できない。最新PC機器には敏感でも、淡々としたニュースで聞く有害廃棄物を収集して健康を害しているアジアの子供達のことを考えられない。遠い国のことに寄付は考えられても、日本への亡命者受け入れに興味は無い。現実の残酷性は、もっと身近でもっと普通にもっとトレンディーに自分も加わって起きていること。現実から目を背けているのは一体誰か?事象をどれだけ捉えられるかは各個人の問題。残酷の中にしか残酷を想像できない大人が増えているのかもしれない。とか・・)

もう一度、まとめると・・・
図書館に置く権利は、もちろんどの本にもある。
はだしのゲンは、発想も表現方法も素晴しいと思う。
子供が読むべき本、という意見も同意できる。

ただ、成人ではその人の選択責任だけれど、利用者が児童生徒の学校図書館の本棚に置くのは、私はどうかと思う。教育者が子供の発達を配慮をして当然だと思う。読みたい子が手に取れる閲覧制限は正しかったと思う。子供の読みたい権利を奪わず、うっかり読む子からも遠ざけたということですよね?そう理解していたので論点がずれて沸騰した所が残念でした。

ずれた論点から見るに、日本人にある合理性をふと感じました。感じることよりも判らせることを急かす人たちが多いんだろうなぁ。過去・失敗行為を見せつけて「だからやるな」「目を開けてよく見ろ」という風な子育てを日本人によく感じる。脅威と抑制の教育の方向が強いんだなぁ。・・・子供の教育ってそうなのかな?

重たい話になっちゃいました・・・
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太陽が大好き、子供も大好き、のんびり暮らしています。

Nana ナナ

Author:Nana ナナ
「ドイツ永住予定日本人」こんな新種を発見された方、是非ここで遊んでってくださいな♪カテゴリーをご覧下さい。貴方の興味のある事柄が見つかるかも。☆☆☆☆☆☆☆

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